約束をした。
二人ずっと手を繋いで一緒にいよう、と


 

 




最近体調があまり良くないのは知ってた。
だから無理はするな、と。

しんどかったら絶対に自分に言えと、そう何度も言っていたのに。


倒れて病院に運ばれたと聞いた時、頭が真っ白になった。
その時あいつと一緒にいた鈴子からの電話に何と応えたかなんて覚えていない。
上着も羽織らずに外に飛び出して、考えたくないのに浮かんでしまう想像を振り払う為に走り続ける。


やっぱり少し休ませて病院に連れて行けばよかったんだ馬鹿野郎
過去の自分に悪態つきながら、それで何かが変わる分けがなく。

 

 


中学からずっと一緒にいた。
仲間としての時間が長かったけど、ちゃんと想いを伝えて、お互いを特別なんだと意識して恋人にもなった。



ずっと一緒にいたいんだ、と告げた俺に泣きながら笑ってくれたのが、どれ程嬉しかったろう。

きっと人生で一番緊張した瞬間だと、50年後でも言えるだろう。

 



なのに―――――――――――――――――――――

 




最悪の結果が浮かんだのを今度は頭を振る事で消しさる。

 


病院に飛込んで、鈴子に教えられた病室まで急ぐ。

看護師の人に怒られたけれど、すみません今だけは許して下さい。


 



「あいっ!!」

バンっ!と派手な音を出して扉を開くと、ベットに上半身を起こし、驚いた顔のあいと目が合う。

良かった。最悪の最悪ではなかった。けれど彼女に触れてこの手で抱きしめるまで安心なんか出来なくて。

 

 

「大丈夫なのか!?どっか悪いのかっ?輸血とか必要なら俺からいくらでもとっていいから!だから・・・っ!」

 

 

―――――――――――――――――――――だから、一緒にいてくれ。

 

 

力いっぱい抱きしめる。

我ながら混乱しすぎて何を言っているのか分からないのだが。

だってまだ全然一緒にいたりない。

ずっとずっと、しわくちゃの爺ちゃんと婆ちゃんになっても手を繋いで歩いていくのだと。

 

 

 

「こら!病院ですよ。静かにして下さい」

 

 

 

唐突にかけられたお怒りの声の主は看護士の女性。

その後ろに鈴子がいつもより少しだけ赤い頬の笑顔で佇む。

 

 

「あ、点滴終わりましたね〜あとは受付に一度寄っていただければお帰りいただいて大丈夫ですよ」

 

 

喋りながら手早く点滴を腕から抜いていく。

手際が良くて、同じ仕事をしてる姉ちゃんもこれくらい手際がいいのかなとか思った。

すれ違い様、白衣の天使はにっこり微笑んで「おめでとうございます」と軽くお辞儀をして部屋から出て行った。

 

 

「私もお暇いたしますわ。大丈夫ですか?あいちゃん」

「あ、うん。ありがとう!鈴子ちゃん」

「いいえ。良かったですわ。おめでとうございます、あいちゃん、植木君」

 

 

では、と鈴子も笑顔で部屋を後にする。

一体これはどういう事だろう。

 

あいは倒れて(少し吐いたらしい)病院に運ばれて、点滴をうっていて。

自分は、物凄く大変な状況を考えていたのに、なのにさっきのこの仕事のプロと友人からは「おめでとう」?

・・・・・・本人に聞いても言いのだろうか。

いや、正直2人になったこの場面では俺があいに聞くか、あいが自ら話してくれるかしかないのだが。

 

 

「・・・・・・どういう、事だ?」

 

 

我ながらマヌケな問いかけに、ベットから腰を上げた彼女はため息を一つ。

 

 

「・・・・まぁ、今の会話であんたに気付けって方がムリか・・・」

 

 

よっ、と掛け声つきで立ち上がったのは、やはりまだ体がだるいから自分に対してのほんの少しの気合の意味を込めたのだろう。

 

 

俺の正面に立って両手で俺の両手を包むように握り、まじまじと見つめられてから深く深呼吸。

大きく吸って、ゆっくりと息を吐き出してから、すっと俺と目を合わせる。

 

 

「・・・・・・・・・あのね、いるんだって。私の中に・・・・赤ちゃん」

 

 

・・・・・・・・―――――――――――――――――――――え?赤ちゃん、って・・・・

 

 

「俺達のこども・・・・・・」

「うん。今1ヶ月だって」

 

 

口元を手で覆う。じわじわと湧き上がってくる何かを噛みしめるように。落ち着ける為に。

 

あぁ、そんな事ムリなんだけど

 

 

「どうしよう、あい」

「・・・・・・・・・・何が?」

 

 

何不安そうな顔してんだよ。・・・って俺が何も言わないからか。

だって上手く伝えられないんだ。

だからまた俺は感情のまま愛しい妻とその人に宿る小さな命を抱きしめる。

 

 

「すっっげぇ嬉しい!もうめちゃくちゃ嬉しいぞ!!」

 

 

名前はなんにしようとか、男か女か、とか今はそんな事はまだいい。

ただ俺達の間にまた確かな絆が出来た事を、守るべき愛しき存在がこの世に誕生してきてくれる事が心の底から嬉しい。

 

 

「がんばってね、お父さん」

 

 

背中に回された二本の細い腕とその言葉にまた嬉しくなって、少しだけ泣きたくなった。

 

 

 

 

 

 

約束をした。
二人ずっと手を繋いで一緒にいよう、と


その思いは年を重ねるごとに強くなる。

 

 

「これからも幸せにするから幸せにしてくれな、奥さん」

 

 

 

 

 

彼女――――――――植木あいは、 惚れ惚れする程の笑顔で答えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2007/04/22  結婚して1〜2ねんぐらい?の話。