光が溢れる廊下を歩く。
カツカツと響く足音は、緑が溢れる庭園にはあまり似つかわしくはないものだ。
頭の中でリプレイされ続けるのは昨夜の珍客の事。

気がつけば、闇に浮かぶ月と2つの金緑の色に思考を塗りたくられて、他の事などどこかに消えてしまう。






「……つまり、吸血鬼間での縄張り争いみたいなのをしてて、たまたまこの場所に落ちてきた、と?」
「だな。俺はただ散歩してただけだったから、そんな気なかったけど。止め刺されるかと思ったんだけど、無事だった」
「それよ!」
「何が?」
「あんたと戦ってた奴が止めを刺さなかったのは、この教会の敷地に張られてる結界のせいよ。

悪意ある者には、そこにあるって認識は出来るのに入ったりは出来ないようになってるのよ」
「へぇここ教会なのか?何か俺達は入れないって前に聞いた事あるけど、俺なんで入れたんだ?」
「話を聞いとらんのか!」


言いながらチョップを頭に見舞う。傷の痛みもプラスされて、効果は予想以上に上がったらしかった。


「で?」
「んあ?」
「だから!何であんたがここに入ってこれたかって事!」
「って言われても……空から落っこちて気づいたらココだったし………」
「えー……」

「んな声出されても。………あ、でも一瞬だけど、音……声?みたいなのが聞こえた」

「声?」


頭をさすりながら、数時間前の事を思い出すかのように、ぼんやりと告げる。
そうだ、先程の事から、精々4時間程しかたっていないのだ。

あまりにも内容が濃かったので、全くそんな気がしないのが現実だが。 


「声、ねぇ…誰かが招いた?いや、…そんな事する理由が……」
「おーい」
「結界が弱まってる?ううん、なら相手も入ってくるだろうし…」
「えーと…なぁ」
「何よ?今考え事してるんだから…」
「名前、なんてんだ?」


間。



「お前の頭はクラゲかーーっ!!」


再び繰り出されたチョップは、的確に先程と同じ場所に落ちた。

大声を出してしまっと焦るのは、相手が悶絶してからだった。

 

 

「ちょ、ごめん!でもさっき私ちゃんと名前言ったじゃない!」

 

 

頭の瘤に触れないようにしながら、相手の頭にそっと触れる。

あまりにも性急に自分の名を教えろと言った目の前の相手の要望に自分は確かに答えた。

それなのに、何故コイツはまた同じ質問をするのか。

 

 

「だって、名前じゃないだろ?(セレスティア)って。通称じゃなくて、本当の方」

 

 

教えてくれよ、と。

念を押すかのように、自分の瞳を覗き込みながら告げた言葉。

 

 

心臓が、止まりそうになる。

違う。止まっていた心臓が、急に動きだしたかのようだ。

 

体中に走る血が熱い。

こんなにも自分の中を激しく流れているものなんて、今まで知らなかった。

瞼が熱くなる。

――――――けれど、歯止めは、自分自身でかける。

 

 

「本当の方も何も……私は(セレスティア)よ。それ以外に名前なんて」

「嘘だ」

 

 

ビクリと震える肩を、優しくけれど強く、耕助は掴む。

目を逸らす事なんて、どうやったら出来るんだろう。

 

 

「なんか分かるんだ、そーゆーの。それって、お前の名前じゃないだろ?

 俺はちゃんと、相手の名前……お前の名前を知りたい。だから教えてくれよ」

「………私は、私の……名前は……」

 

 

 

 

 

 

「お姉さま?……セレスティア様?」

 

 

感覚が一瞬にして今に戻る。

心配そうに自分を見上げる少女に、笑顔を向けて目線が同じになるように屈む。

 

 

「ごめん、ちょっと考え事してて。大丈夫だから心配しないで?」

 

 

言いながら頭を撫でてやる。それで安心したのか、少女はいつもの笑顔に戻ってくれた。

 

 

「法皇様と大聖女様がお待ちです。行ってらっしゃいませ」

「うん、ありがとう。戻ったらお茶にしよう。用意しといてくれる?」

「はい!喜んで!」

 

 

お辞儀をして駆けていく少女の背中を見届けてから、前へと向き直る。

金の装飾が入った白くて大きな扉が、守護役の手で音を立てて開かれる。

 

 

「よく来ましたね、シスター・セレスティア」

 

 

慈愛に満ちた、優しい微笑み。涼やかに、聞く者全てを癒すかのような声。

全ての聖女の鏡にして偉大なる母たる人。

 

 

「はい、大聖女様、法皇様」

 

 

玉座の足元、柔らかなクッションに膝をついて頭をたれる。

 

 

「昨晩の事だ。何者か侵入した形跡があった」

 

 

前置きなしに、法皇が言葉にして、思わずぎくりとなるが心の中だけで何とか留めた。

 

 

「ここは結界によって守られている場所です。不浄の者が入ってくるなんて……」

「結界も、もちろん周りの防衛システム調べましたが、異常はありませんでした」

「そんな………」

 

 

自分では中々の演技っぷりではないかと思う。

顔を見られない状態での謁見で助かった。顔を見ながら話をしていたらバレていたかもしれない。

 

 

「アイ」

 

 

法皇が口にした言葉に、今度は肩が大きく揺れてしまう。

それは、その響きは――――――私の、

 

 

「そなたの、名前は誰にも知られてはならぬ。お前自身が神に愛された娘。我ら2人以外、口にする者もおらん。

 その意味と、自分が持つ力を今一度正しく理解しなさい。名前には力が宿る」

「不浄の者に知られては、あなたの身に危険が及ぶでしょう。箱庭に入るまで、あと少し。

 それまで、くれぐれも注意するようになさい。アイ」

 

 

まるで、何かの暗示のように紡がれる自分の名前。

自分では捨てた気ですらいたのに、こんなにも自分を縛るもの。

 

 

けれど、それは私の願い。

例え私を縛るために使われているのだとしても、自分の名前が愛しいから。

名前に宿る力に、一番支配されているのは私なのだから。

だから、私はいつものように、答える。

 

 

「……はい。私の全ては全能なる父の為に……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ここにしか、私の居場所はないのだから。